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【西論】編集委員・安本寿久 桜宮高の入試問題 試されているのは市教委


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【西論】編集委員・安本寿久 桜宮高の入試問題 試されているのは市教委


 入試は実施するが、部活動と直結する体育系2科としては受け入れない。ただし、試験方法は体育系2科と同じなのだから、後々の学科履修の可能性は残した−。大阪市立桜宮高の入試問題で、21日に市教育委員が出した結論はそういう意味合いだろう。

 入試中止を求めた橋下徹市長の顔を立てつつ、受験生にも配慮した「大人の判断」といったところだ。その知恵には敬意を表するが、市教委には、大きな宿題を先送りしただけだということを忘れないでほしい。体罰という名の暴力が蔓延(まんえん)した同校の校風と、それを許した市教委の改革は全く手つかずだからである。それができるか否かは全国的な教育委員制度の見直し議論にも影響するだろう。

 ◆理念と覚悟なき指導

 先鋭的な口撃で事案を政治問題化し、落としどころをさぐっていくのは橋下政治の常套(じょうとう)手段だが、一連の入試中止発言は失敗だったと思う。新たな争点をつくったことで、同校と市教委の責任から世論の注視をそらしてしまったからである。

 そもそも体罰は、学校教育法で全面禁止されている。体罰による指導では正常な倫理観を養うことはできない。逆に児童生徒の、力による解決への志向を助長し、いじめや暴力行為などの土壌を生む恐れがある−という理論に基づいている。こんな理屈は教員や校長なら百も承知している。体罰による処分教職員が出る度に文部科学省が再三、通知しているからである。

 にもかかわらず、毎年400人前後の処分者が出るのは、体罰の教育効果を信じる教職員が少なからずいるという証左だ。その最たるものが同校だったと言っても誤りではあるまい。

 部員が自殺したバスケットボール部の顧問(47)は自殺の5日後、「強い部にするには体罰は必要」と体罰の常態化を認めている。体育の授業中に部員以外の生徒に体罰を加えたこともあった。こうした指導を公益通報制度で問題視された際には「していない」と否定している。ここに見られるのは体罰を手っ取り早い指導法、ばれなければよい程度に考えている価値観である。

 小欄は、体罰が必要な場合、立場を全否定するつもりはない。が、それが許されるのは教育効果に最後まで責任を取る覚悟がある時だけである。親が子供に手を上げるのは、それがあるから許されるのだ。顧問は、体罰後の部員の心理状態を観察することを怠ったばかりか、自殺という結果を見ても教職にとどまり続けている。教え子の死という最悪の事態に至った以上、懲戒処分を待つまでもなく、せめてその職を辞するのが「禁断の指導」を行った者の取るべき道ではないか。この程度の教育理念と覚悟で行われた体罰は私刑と変わらない。

 ◆教育の当事者としての責務

 より深刻なのは同校の暴力容認体質だ。顧問の体罰は、2人の副顧問の前で行われながら、全く問題とされなかった。校長は自殺した部員の遺族に、バスケットボール部の新人戦への出場許可を得ようとさえした。校長はさらに、体罰で停職処分を受けたバレーボール部顧問(35)が再び、体罰指導を行った際には隠蔽(いんペい)していた。「若い顧問の将来を考えた」という理由にはあきれるしかない。指導の妥当性や教育効果、あるいは文科省の指導よりも大事なのは、保身と教員同士のかばい合いなのである。

 こうした実態が明らかになったのだから、校風刷新のために率先して組織改革を行うのが市教委の責務だった。にもかかわらず今月18日になってようやく、教育委員が同校を訪れて、生徒や教員の聞き取り調査をしたという危機感のなさである。

 この時期になっての入試中止は確かに、受験生への影響が大きすぎる。しかし、問題の顧問や校長がその地位にとどまり、全校的な体罰容認空気を否定できない同校が例年通り、生徒を受け入れることは許されるべきではない。市教委は早急に、人事も含めた再発防止策を取らねばならない。それは教育当事者としての責務である。「部外者」である市長に先手を取られるように、それを要求されたこと自体が恥ずべきことだったのだ。

 受験生と保護者も肝に銘じなければならないことがある。同校の体制が何ら変わらないまま受験を求めていたことは、「殴られてもいいんだな」という言葉に象徴される低次元の教育を受容することである。それは、小欲に目のくらんだ愚者のすることに他ならない。市民らの負担で行われる教育は、この程度のものであってはならないはずだ。

 今、全国で、教育の責任者はだれかという国としての根本的問題が問われている。教育の民主化、中立性を保障するための教育委員制度が形骸化し、当事者意識の薄い教育委員を隠れ蓑(みの)にするように、教育委員会事務局と学校が閉鎖的に聖域化している。それを正す議論が教育再生会議で行われようとしている時だけに、同校の事後処理には全国が注視している。自浄能力があるか否か。試されているのは市教委である。



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この記事の著作権は【産経新聞】に帰属します。
http://news.livedoor.com/article/detail/7338034/

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